「日本教育史往来」の復刻によせて

小野 雅章
   

 
日本教育史研究会は、一九八一年の発足から数え、今年で三十三年目になる。研究会の活動は、年一度のサマーセミナーの企画・運営と機関誌『日本教育史研究』の編集・発行、そして、ニュースレター「日本教育史往来」の隔月発行(当初は年七回発行であった)という、三本柱を中心にして、世話人によって行われている。サマーセミナーは、教育史関連の通常の学会とは異なり、一つのテーマのもと、二日の日程で綿密な議論を繰り広げている。機関誌『日本教育史研究』は、掲載論文とともに論評を掲載する、書評には筆者からのリプライを掲載する、という研究に対する議論の「場」を積極的に提供しようとする姿勢で一貫している。
 
そして、「日本教育史往来」は、サマーセミナーの関連記事(企画の趣旨、発表者による詳しいレジュメ、討論の概要、参加記)、会員、あるいは非会員による研究関心をまとめた小論、時々の編集担当による特集、図書紹介、会員が属する他の研究会の動向や出版物等を周知するための掲示板等、その内容は多岐にわたっている。同じ日本教育史研究会による発行でも、『日本教育史研究』は、完成された研究を前提にしているのに比べ、「日本教育史往来」に掲載される小論は、研究の新たな発想の提示や、現在進行形の研究の内容や方向性を筆者自身が確認するような内容が多い。それは、筆者のみならず、読者の側にとっても、自分の発想や方向性を確認するうえで、寄与するところ大であると考える。
 
このように、日本教育史研究を進めるうえで貴重な情報源のひとつである「日本教育史往来」の第一〇一号から二〇〇号が、今回、復刻版として刊行された。日本教育史研究会は、先に「日本教育史往来」創刊号から第一〇〇号までを復刻し、さらに、『日本教育史研究』についても、入手困難になっている創刊号から第一五号までを復刻した。今回はこれに続く企画に位置づけることができよう。このことは、日本教育史の学会・研究会として比較的若い部類に位置づけられていたこの研究会も、過去を振り返ることで企画が成立するように歴史を刻んできたことを示している。編集部からは、「日本教育史往来」復刻版の紹介と推薦の文章を書くように依頼されたが、既に吉野剛弘会員が「『復刻版』のスヽメ」(「日本教育史往来」第二〇七号)として、読者の側から今回の復刻版について、コンパクトでありながら、その内容を手際よくまとめて紹介されている。筆者がこれを繰り返す必要もないと思うに至った。
 
いろいろ考えたが、筆者が、かつて世話人としてこの研究会の運営に携わり、その任務のひとつとして、「日本教育史往来」の編集責任者・副責任者を二年間務めた経験をもとにしながら、内から見た「日本教育史往来」を紹介しつつ、今回の復刻版を推薦することで、編集部からの依頼を全うしたい。
    

 
会員諸氏も承知しておられる通り、「日本教育史往来」は隔月発行で年六回届けられる。一時発行が滞ったこともあったが、欠号もなく発行し続けて現在に至っている。奇数月に原稿を締め切り、それを印刷所に送り、ゲラを筆者に送り初校・再校をお願いし、さらに最終確認をして偶数月末に発行がサイクルである。そもそも、毎回二名乃至三名に原稿を依頼し、小論としてお願いすることに大変苦労した。「リレーエッセイ」等の特集を組む程の才覚の無い筆者であっても、無い知恵を絞りつつ執筆者の依頼をする。会員だけでなく会員外の方にも依頼した。日本教育史の研究者に限らず、外国教育史、教育行政学、教育社会学、その他、教育史とはほとんど接点のない語学関係の研究者にも声をかけ、日本教育史研究をどうとらえているのか等を率直に論じた小論も掲載した。
 
編集者の意図した通りの内容になったとは言い難い面も多々あるが、日本教育史と他の分野・領域の研究者との交流、あるいは接点は何処にあるのか、そうしたことを率直に書き記してもらおうと画策した。担当者それぞれの個性もあるし、筆者が編集を担当していた頃は、編集方針の仔細に至るまで議論したことはないので、これが一般化できるかどうかの判断は難しいところであるが、編集に従事した世話人は、「日本教育史往来」にそれぞれある思いを託していたし、現在もそうであると思う。そうした意味で、復刻版を読み返すことにより、それぞれの時代における、日本教育史と他の分野・領域との交流の軌跡を知ることもできるのではないか、と思うところもある。
 
編集担当の問題関心の広狭もあるが、「日本教育史往来」を読み返すことにより、日本教育史研究の問題関心の推移が、かなり正確に理解できるのではないかと考える。それも、かつて教育史学会『日本の教育史学』にあった「研究動向」等、完成した研究成果ではない、まだ構想の段階の課題を含めた全体像を知る大きな指標にもなり得るのではないかと思うのである。こうした視点から読み返すことも可能なのではないだろうか。
    

 
精度の高い研究成果を上げるためには、研究史の整理・把握が必須の基礎的作業になる。さらに、その時々の時代状況と研究とがどのように関連したのか否かを確認することも、教育史研究の存在意義を知るうえで重要である。そうした観点でサマーセミナーの関連記事を読み返すことも重要な意味を持つだろう。吉野会員の推薦文にもあるように、最近の「日本教育史往来」の内容は、サマーセミナーに関するものがかなり大きな部分を占めている。サマーセミナーは、その時々の日本教育史研究にとって重要と思われる課題を提示して、じっくりと時間をかけて議論を行い、理解を深めようとする、日本教育史研究会の活動の大きな柱の一つである。ここでの報告は、単なる研究の途中経過ではなく、それぞれのテーマの最前線の内容を含んだものである。サマーセミナー関連の記事を年代別に通読することは、日本教育史研究の深化と発展のプロセスを確認する作業にもなり得る。
 
隔月間隔の編集・発行は、決して楽なことではなかった(多分、現在でもそうだと思う)。毎回のボリュームも、サマーセミナー等関連の号であれば、十数ページの場合もあるが、通常なら十ページ足らずの号が多い。それでも二〇〇号迄到達すると、日本教育史研究にとっての重要な情報源のひとつになる。筆者の手元にある設立当初の「日本教育史往来」を紐解くと、当初は、タイプ印刷と思われる体裁のものからはじまる。なかには、付録と称して、手書き原稿をそのままコピーしたものも確認できる。そこで展開されている議論は、実証をともなう研究論文とは異なり、発想・着想、さらには研究の枠組みに重きを置いた小論、さらには、日本教育史研究における「学閥」研究をしたら、等との論考もある(現在は、余り意識しなくなったようにも思うのだが、当時は問題だったのであろう)。いま読み返しても参考になることもあるし、筆者の今後の研究の指標になるようなものを、少なからず探し出すことができる。「日本教育史往来」は、研究会のニュースレターとしての性格を持ち、会員の交流を促進する意味合いが強いものと理解しているが、それを時系列に従って通読すると、また違った読み方が可能になると思う。こうした読み方ができるのは、手元に創刊号から第一〇〇号迄の復刻版があるからに他ならない。
 
日本教育史研究会が創設された一九八一年当時、筆者は学部の三年生であり、日本教育史研究会の存在すら知らなかった。その後、大学院に入学したが、直ぐに入会するわけでもなく、入会したのは一九九〇年頃だったように記憶している。遅れて入会した者にとっては、創刊号から第一〇〇号迄の復刻版により、夫々の時期に、日本教育史研究にとって何が問題とされ、それを会員がどのように論じていたのかについて学習できることは、この上なく重宝であった。創刊号から第一〇〇号に加え、今回第一〇一号から第二〇〇号の復刻版が加わったことで、日本教育史研究会の軌跡を容易に知る機会が増えたことになる。
    

 
日本教育史研究会も創設から三十三年間、欠かすことなく「日本教育史往来」が発行され、現在に至ったことは、それ自体意味のあることである。先輩の世話人からは、紙面が面白くなくなったとの、苦言を頂いた経験もあるが、それも日本教育史研究会や日本教育史の研究状況を現すことにもなる。隔月絶やすことなく編集・発行し続けることは、担当者にとっては苦行であろうが、まさに「継続は力なり」である。
 
私が世話人をしていた頃も、「大学の業務が増えて」が、常套句になっていたが、最近はさらに大変な状況になってきている。そんな中、日本教育史研究会の運営に携わっている、現在の世話人の方々のお骨折り、察するに余りある。その積み重ねが、研究の進展に寄与するところは大きい。その軌跡を知ることができる「日本教育史往来」の復刻版を多くの方、特に若い研究者の方にぜひとも読んでいただきたいと願う。

『日本教育史往来』№209(2014年4月30日)より

復刻版の推薦(その1)『「復刻版」のスヽメ』へ